「あ、ヴァイオリンが聴こえる・・・」
香穂子はヴァイオリンケースを抱えながら走った。
海の見える公園。
そのどこからか、愛しい音色が香穂子を誘う。
「王崎先輩!」
音色に導かれてたどり着いた先に、大好きなあの人がいた。
「香穂ちゃん!」
――走ってきてくれたんだ・・・
急いで来てくれたことが嬉しいのに、言葉は素直にならない。
「そんなに急がなくてもいいのに」
「でも・・・」
――早く逢いたかったから・・・
香穂子も大切な言葉を心の中だけに響かせた。
ふと、目が合い、二人はふっと微笑んだ。
「コーヒー買ってくるから、落ち着いたら合わせようか?」
「は・・・はい!」
ベンチに座り、コーヒーを飲みながら他愛無い会話を交わす。
それも幸せな時間なのだけれど・・・。
「そろそろ、いい?」
「はい」
楽器を取り出し、二人はメロディーを奏で始める。
優しく、甘い、二人だけの、愛の曲。
互いの気持ちは言葉にしなくても分かっている。
音色があれば、気持ちは伝わる。
大切で、愛しくて、
そんな想いが溢れてきて・・・・・・
「王崎先輩、今の曲・・・」
「信武」
「えっ?」
「二人だけの時は、しのぶって呼んで欲しいな」
「・・・・・・・・・・・・・・」
香穂子は顔を、耳まで真っ赤に染めて俯いた。
「し・・・しのぶ・・・さん・・・・・・」
「なに、香穂ちゃん?」
ここで唐突に話題を元に戻した王崎は、恥ずかしそうな香穂子の仕草を愛しそうに見つめた。
「あ・・・あの、今の曲、信武さんの音に聴き入っちゃいました・・・」
「うん。オレもだよ、香穂ちゃん。キミの音色に惹き込まれた」
「わ・・・私の音なんか、まだまだ・・・。その・・・信武さんの足元にも及ばなくて・・・」
「そんなこと、無いよ。香穂ちゃんの音はオレの心の中にスっと染み入ってくるよ」
――そう。甘く優しい、言葉となって、オレの心に広がって・・・
――そんな気持ちを言葉にしたら、どうなるのかな。
「香穂ちゃんが大好きだよ」
――きっと、こんな感じ。
「しっ・・・しのぶさん!?」
「えっ?・・・あ、」
心の中だけで言葉にしたつもりだったのに、王崎の言葉はしっかりと音となって、その口から紡がれていた。
「あっ・・・と、その・・・香穂ちゃん・・・」
今度は王崎が赤面する番だった。右手を頭の後ろに置いて、照れくさそうな仕草で頬を紅く染めて・・・。
そんな二人をからかうように、海風が二人の髪を擽っていった。